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☆愛知・名古屋 戦争にかんする資料館☆

74年前


鶯の鳴き声が美しく響き渡る、穏やかな春。
でも、74年前の3月は少なくとも名古屋の人々は、
恐怖の中に身を置いていたのかもしれません。
それを実感したのは昨年の8月、
名古屋にある「愛知・名古屋 戦争にかんする資料館」へ出掛けた際のことでした。


戦争に関する資料館1
↑投下された爆弾でしょうか

第二次世界大戦末期、アメリカ軍が名古屋市に対して繰り返し行った名古屋大空襲。
特に市街地を標的として大規模に行われたそうです。
1945年(昭和20年)3月12日に中心市街地が罹災。
3月19日には名古屋駅が炎上。
名古屋城を焼失した空襲は少し先の5月14日ですが、
その甚大な被害がパネルや写真で詳しく説明されてあり、
よく知る身近な場所の無残な姿に、項垂れる気持ちでしばらく拝観していました。





戦争に関する資料館2
↑戦時中の制服

私の住む八事という地域も原爆が投下され死者が出たそうです。
それは7月26日。
エノラ・ゲイによる、長崎に投下された原子爆弾「ファットマン」の模擬爆弾として知られる
パンプキン爆弾を最後に、八事日赤病院付近へ63回もの空襲があったのだそうです。
B29の来襲は2579機に達し、投下された爆弾の総量は14,000t。
被害は死者7,858名、負傷者10,378名、被災家屋135,416戸。
これにより、名古屋市は日本の他の大都市と同様に壊滅的に破壊されたそうです。

以前、この八事付近に落ちた爆弾によって防空壕にいた家族全員を亡くされたという
年配の女性からお話を伺ったことがあり、
「この空襲のことだったんだ。。。」と、改めてお話を思い起こしていました。

昭和から平成、そして5月には改めて元号が変更されますが、
これまでの戦争について語り継がれて来たことや大災害など忘れることなく、
またそれを教訓に次の時代も逞しくしなやかに生きて行かなければと実感しました。
皆さまの街にもたくさんの歴史があると思います。
少し調べてみるのも興味深いですね


愛知・名古屋 戦争に関する資料館の公式ホームページはこちらです!

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プロフィール

小川 忍

Author:小川 忍
SHINOBU OGAWA
10月生まれの天秤座。
2006年より 紅茶教室
「putney saloon」主宰。
八事教室、教育機関、出張教室等で活動。
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